六月
茨木のり子
どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける
どこか美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる
どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって 立ちあらわれる
自分の感受性くらい
茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
(『自分の感受性くらい』 単行本 – 2005/5/1 茨木 のり子著)
「手紙」
鈴木敏史 (すずきとしちか)
ゆうびんやさんが こない日でも
あなたに とどけられる
手紙はあるのです
ゆっくり 過ぎる
雲のかげ
庭にまいおりる
たんぽぽのわた毛
おなかをすかした
のらねこの声も
ごみ集めをしている人の
ひたいの汗も‥‥‥
みんな 手紙なのです
読もうとさえすれば